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概要

月刊ぷらざ 2018年1月号

“面白い”をとことん追求目標は90歳の競技生活輝く人あなたの周りの「輝く人」を教えてください!! 巻末のアンケートハガキに記入の上、お送り下さい。 平成29年8月に開催された第35回全日本マスターズウエイトリフティング選手権大会、そして11月に開催された第31回九州マスターズウエイトリフティング選手権大会、この二大会の70歳から75歳までの77キログラム級で見事優勝した渡辺建治さんにお話を伺った。 ウエイトリフティングは、バーベルを上から両手で握り、一気に頭上まで引き上げる『スナッチ』とバーベルを一旦、肩まで引き上げる第1動作と反動を使って頭上に差し上げる第2動作からなる『クリーン・アンド・ジャーク』があり、この2つの競技で持ち上げた重さの合計を競う。 渡辺さんとウエイトリフティングとの出会いは23歳の頃。中学を卒業後、名古屋に就職し4年後、別府に帰ってきた時だった。何かしようと思い中学生の頃やっていた柔道を始めたが、周りは年上ばかりであまり面白くなかったそう。そんな時、ボディービルをしている知り合いに「あんたの体やったら合っている。」と勧められたのがウエイトリフティングだった。「これは面白い。」と渡辺さんが競技にのめり込むのに時間はかからなかったそう。「やればやるだけ結果が出る。採点競技と違って、何と言ったって上げたもん勝ち。だから頑張ろうと思えた。」と楽しそうに話してくれた。 始めた当初はそこまで体は大きくがなかったが下半身は強かったからか、最初から140キロを担いで上げることができたのだとか。「でもね、帰りは踏ん張りが利かなくて、足をガクガクいわせながら階段を下りました。」と笑顔で当時を振り返る。どんどん面白いように記録が伸びていき、競技を始めて1年で大分県の代表となり岩手国体に出場。「県の代表で出場できる嬉しさと、私でもやればできるんだと自信もついた。」と大会で結果は振るわなかったが、これがきっかけとなり、よりウエイトリフティングに熱中していった。 長年競技を続ける中で苦労したことは「練習場所の確保だね。」と渡辺さん。別府商業高校にウエイトリフティング部があった頃は学生と一緒に練習をしていたそう。廃部後は「ジプシーみたいに転々としたかな。道具をよそに預けて、週3で杵築に行ったりもした。別府鶴見丘高校ではラグビー部のウエイトトレーニングの指導もかねて練習場所を借りましたね。」と話す。今も、高校生のウエイトトレーニングの指導を頼まれているという。 50年近く競技続けてきたことについては「周りからは日本一が凄いと言ってもらえるけど、私はそうは思わないんです。日本一になりたいと思ってしてないから。コツコツ続けてきた結果。ご褒美みたいなもの。もちろん勝てたら嬉しいですけどね。」とウエイトリフティングへの熱い思いを話してくれた。 今後については「とにかく楽しんで。90歳でウエイトリフティングをしている人がいないから、続けられたらギネスに載ると思う。できるかどうかわからんけど、一つの目標かな。人間目標を持たんと面白くないから。」と力強く話してくれた。close-up【取材協力】別府市ウエイトリフティング協会別府市内でトレーニングを続けながら、昨年8月の第35回全日本マスターズウエイトリフティング選手権大会、11月の第31回九州マスターズウエイトリフティング選手権大会など国体や世界大会に何度も出場し優勝している。渡辺 建治さん現在、練習場所として借りている旧別府市立西学校の給食室。共に練習するメンバ―と道具を運び設営したそう。昨年からはここで学生のウエイトトレーニングの指導も行っている。昨年優勝を果たした二大会の賞状とメダル。全日本ではスナッチ、クリーン・アンド・ジャークでトータル135キロを上げ優勝した。2009年に開催された世界大会の様子。51