M君についてのお話はすべて割愛させていただくと言ったが、よくよく考えたら、それでは私の東京時代の話は終わってしまいそうなので、当たり障りのなさそうな話をひとつだけ。
私とM君が、東京の某印刷会社で丁稚として汗水垂らしていた冬のある日の夕刻、先輩が「銀座にある、某レストランのクリスマスディナー券」をくださった。聞けば、これがあれば無料で飲み放題、食い放題という代物であった。我々丁稚にとっては、夢のような話だった。ただし、期限は今日まで。しかも、入場は20時まで。二人は、着替えもそこそこに寮を飛び出し、目当ての店を目指した。幸い、銀座までは30分もかからないという驚きくべき立地の寮であったため、何とか20時までに店に滑り込んだ。お店は、無理すれば銀座と言えなくもない微妙な位置の、単に古いという表現では少し物足りないような佇まいをしたビルの地下にあり、田舎者の二人にとっては、充分怪しげな雰囲気であった。しかし、我々には余計なことを考えている時間はなかった。入場制限は何とか切り抜けたものの、閉店時間という次の課題があった。二人は早速料理の確保に走った。店内は薄暗く、若干「鳥目傾向」にある自分には不利なコンディションであったため、必要以上にリキが入った。
とりあえず、手当たり次第にごっそりと料理をテーブルに並べ、野郎二人のクリスマスディナーが開宴した。するといきなりM君が、「ぶほ」とか「べほー」みたいな、聞いたこともない声を発し、「この烏賊リングは腐っとる」と騒ぎ出した。「食ってみろ」と言われ、食べてみた。確かに烏賊リングにしては妙な味だと思ったが、「腐っとる」は言い過ぎではないかと思った。これではまたいつものように戦闘が始まってしまう。M君はすでにそのモードに突入しかけていた。「お前は、寮長なんだから、そこん処うまく話を纏めろ」という、先日社長からいただいたお言葉を思い出した。過去の戦闘が原因で、二人はすでに何度か厳重注意を受けていた。それでも何とか首が繋がっていたのは、結構真面目に働き、自分と違って器用に業務をこなす、M君の意外な仕事ぶりの賜であった。M君の異様な叫び声に気付き、黒い服を着た、ちょっと強面の方が飛んできた。私は、冷静に訳を話した。すると、その強面のボーイさん(店長?)からは、想像を絶する言葉が返ってきた。「お客様、そのお料理は玉葱のリングフライでございます・・・」
M君はその後、何事もなかったかの如くおおいに飲み、且、食べて、殊の外満足なご様子であった。(カメラには何の関わりもない話でゴメンナサイ)