愛機を手にうきうきと店を出た。ふと、新人君を見やると、何やらふて腐れたご様子。おや?と思って訳を聞いてみると、どうも私の行動がお気に召さぬらしい。ははぁ、なるほど、「俺だけ新品カメラを買ってにやついているのが気に入らんのだな」と思いきや、さにあらず。人には「ピント合わせ不要で、自動巻き上げ、予算4万円以内」という条件を出しておきながら、私がしゃぁ、しゃぁと、「目測によるピント合わせ、手動巻き上げ」のマニュアル製品を選んでしまったことに、大変な憤りを感じているらしい。実は言われて初めてそのことに気づいた。そう言えば、そうだった。「技術のリコー」の輝く後光の前に、すっかり我を忘れていた。言うこととやることがまるで違う。これではまるで、どこかの政治家と同じではないか。ま、しかし、しょうがない。なんせ「三つ子の魂、百までだから」、などと根拠もなく気を取り直した。事実このカメラを買ったことに後悔は全くなかった。
新人君に対しては、(こんな処にまで付き合わせて)「ちょっと悪いことをした」と思った。写真学科卒業の彼としては、それなりの主張もあったらしい。反面、でかい図体をして「細かいことにいつまでもこだわりやがって、九州男児の風上にも置けぬ奴だ」と、気合を入れてやろうかとも思ったが、寮のボスとしては、安定した政権維持のためにここはぐっと呑み込んで、新人君の機嫌を取る作戦に出ようと考え、ビールを奢った。彼は殊の外喜んだ。案外買収には弱いタイプと見た。「これではまるで、どこかの政治家と同じではないか。」と、再度自戒しながらも、今後の政権運営を考え、ビールに続き日本酒に刺身までつけた。アルコールは少量でもまわりの早い奴らしく、すぐに、「死ぬまで先輩について行きます」みたいなことを言い出した。なかなかに燃費のいい奴で嬉しかった。「長期政権も夢ではないと思った。」当時、寮にはこの新人君のほかに九州から来た奴が二人いたが、こいつらはなかなかに燃費の悪い奴らで、特に鹿児島から来たM君などは、燃費が悪いうえに喧嘩っ早くて、後始末にいつも往生していたので、この新人君の温厚な性格と燃費の良さはとても重宝であった。(M君については、お話ししたいことが山ほどありますが、諸事情によりすべて割愛させていただきます)